「海外では使える薬なのに、なぜ日本では使えないの?」「家族の病気に合う薬が、日本にはまだないと言われた…」
2023年3月時点で、欧米で承認済みなのに日本では未承認の薬は143品目あります。
SNSでも「海外の薬がなぜ日本で使えないのか」という声をよく見かけます。
ドラッグロスは、仕組みを知れば「いま何ができるか」が見えてくる問題なのです。
本記事では、ドラッグロスの意味・原因・国の対策を、調剤薬局で管理薬剤師を務める薬剤師歴7年のだーいけが詳しく解説します。
さらに、未承認の薬を知ったときに患者と家族が取れる行動を紹介します。
読み終えたころには、主治医との相談で何を聞けばよいかが整理できるでしょう。
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ドラッグロスとは?海外の薬が日本に来ない状態
ドラッグロスとは、海外で承認された薬が日本では開発すらされず、使えないままになる状態です。
ドラッグラグとの違いと、起きやすい薬の種類を押さえると、ニュースの数字が読めるようになります。
ドラッグロスの意味
ドラッグロスは、欧米で承認されている薬が、日本では開発に着手されていない状態を指します。
厚生労働省は「欧米では承認されているが日本では未承認の医薬品のうち、国内開発未着手の医薬品」と整理しています。
承認とは、国が薬の安全性と有効性を審査して使用を認める手続きです。
開発が始まらなければ審査も始まらないので、待っていても日本には届きません。
ドラッグラグとの違い
ドラッグラグは、海外で承認された薬が日本で承認されるまでの時間差を指します。
日本製薬工業協会の用語集は、開発の遅れによる「開発ラグ」と審査の遅れによる「審査ラグ」に分けて説明しています。
一方のドラッグロスは、時間差ではなく開発そのものがない状態です。2つの違いは次のとおりです。
| ドラッグラグ | ドラッグロス | |
|---|---|---|
| 状態 | 海外より遅れて承認される | 日本で開発が始まっていない |
| 待てば届くか | いずれ届く見込み | 届く見込みが立たない |
| 主な原因 | 開発や審査の遅れ | 企業が日本での開発を選ばない |
起きやすい薬の種類
ドラッグロスは、患者数が少ない病気の薬で起きやすい傾向があります。
厚生労働省が2023年に整理した資料では、国内開発未着手の品目を薬の種類別に分けています。
診断薬を除く75品目のうち、感染症の薬が18品目、消化器や代謝の薬が11品目でした。
神経の薬が10品目、がんの薬が8品目と続きます。がんの薬だけの問題ではなく、幅広い分野に及んでいます。
ドラッグロスの現状を数字で見る
厚生労働省とPMDA(医薬品医療機器総合機構)の公表資料から、ドラッグロスの規模を確認します。
未承認薬の数と中身、審査の速さを見ると、問題の焦点が「審査」ではなく「開発」にあると分かります。
未承認薬143品目のうち86品目が開発未着手
2023年3月時点で、欧米で承認済みなのに日本では未承認の薬は143品目ありました。
厚生労働省の資料によると、このうち86品目(60.1%)は国内で開発が始まっていません。
対象は2016〜2020年に欧米で承認された新薬です。地域ごとの内訳は次のとおりです。
| 地域 | 未承認 | うち開発中 | うち未着手 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 7品目 | 3品目 | 4品目 |
| 欧州 | 57品目 | 26品目 | 31品目 |
| 日本 | 143品目 | 57品目 | 86品目 |
ベンチャー発・希少疾病・小児の薬が多い
開発未着手の86品目には、はっきりした偏りがあります。
厚生労働省の資料では、ベンチャー企業発が56品目、希少疾病用が47品目でした。小児用も37品目あります。
いずれも重複を含む数字です。
ここでのベンチャー企業とは、設立から30年以内で売上が小さい開発企業を指します。
日本に拠点を持たない小さな会社が、患者数の少ない病気の薬を作っています。
この組み合わせが、日本での開発が後回しになる典型です。
審査の遅れはほぼ解消している
「日本の審査が遅いから」という説明は、今の実態と合いません。
PMDAの2024年度の実績では、新薬の総審査期間は通常品目で12.0か月、優先品目で8.9か月でした。
目標の12か月と9か月をおおむね達成しています。
2000年代のドラッグラグは審査の長さが主因でしたが、PMDAの体制強化で短縮されました。
ドラッグロスが起きる3つの原因
ドラッグロスの背景には3つの原因があります。
新薬を生み出す主体の変化、日本の治験に参加しにくい構造、そして日本市場の優先度の低下です。
いずれも、企業が日本での開発を選びにくくなる方向に働いています。
新薬の開発元が海外のベンチャーに移った
新薬を生み出す主役が、大手製薬会社から海外の新興企業に移りました。
医薬産業政策研究所の分析では、国内で開発情報のない未承認薬のうち66%が、日本法人を持たない海外企業の開発品でした。
一方、新興企業は人も資金も限られ、まず米国での承認と販売に集中します。
日本に窓口がない会社にとって、日本での開発は選択肢に上がりにくいのが実情です。
日本の治験に参加しにくい仕組み
承認の決め手になる大規模な治験(ピボタル試験)に、日本が入っていないことが大きな要因です。
医薬産業政策研究所の資料では、未承認薬のピボタル試験への日本の組み入れは41品目中6品目(15%)でした。
治験とは、薬の候補を患者に使って安全性と有効性を調べる試験です。
日本市場の優先度が下がった
海外の新興企業から見て、日本市場の優先度が下がっています。
医薬産業政策研究所の分析では、新興企業の9割は米国企業で、米国に対する日本の相対的な市場規模は縮小傾向にあります。
日本を治験に組み入れない場合、未承認になる確率は44%高まるという推計も示されました。
日本では薬価(国が決める薬の公定価格)が定期的に引き下げられ、人口も減少しています。
ドラッグロスの新しい懸念:米国の「最恵国待遇(MFN)」薬価
2025年5月、米国のトランプ大統領は、薬の価格を「他の先進国が支払う最も低い価格」に合わせる大統領令に署名しました。
最恵国待遇(MFN)と呼ばれる政策です。
2026年9月には、低所得世帯向けの公的保険メディケイドで全50州がこの価格を採用すると発表されました。
大手製薬26社が合意しています。高齢者向けのメディケアにも広げる案が出ています。
日本への影響が心配されるのは、米国の価格が日本の価格と連動する点です。
日本の薬価は欧米より低く決まる場合があるため、日本の価格が米国での値下げの根拠に使われかねません。
米国研究製薬工業協会は2025年7月の中医協で意見を出しました。
「米国価格への波及を防ぐため、日本への新薬導入に慎重になる動きが広がりかねない」という内容です。
2026年8月には、日本製薬工業協会なども中医協で機動的な対応を求めています。
- 出典:The White House “Fact Sheet: President Donald J. Trump Announces Lower Drug Prices for All 50 State Medicaid Programs”(2026年9月18日)
- 出典:米国研究製薬工業協会「2026年度薬価制度改革に対する意見」中医協 薬-5(2025年7月9日)
患者と家族に及ぶドラッグロスの影響
ドラッグロスは統計の話に見えますが、影響を受けるのは目の前の患者と家族です。
治療の選択肢が狭まる点と、既存の治療がない病気で深刻になる点を整理します。薬局で聞かれたときの答え方も紹介します。
治療の選択肢が狭まる
最も直接的な影響は、選べる治療が減ることです。
厚生労働省は2023年12月の通知で、革新的な薬の導入の遅れによる「患者の不利益」に触れています。
その不利益を最小化する必要があると明記しました。
海外では標準的に使われている薬が、日本の診療ガイドラインには載らないままになります。
医師は使える薬の中から治療を組み立てるため、選択肢が1つ少ないだけでも方針が変わり得ます。
既存の治療がない病気ほど深刻
代わりの薬がない病気では、ドラッグロスの重さがまったく違います。
厚生労働省は開発未着手の薬を必要性の高さでA〜Dに分類しました。
2025年3月には「開発の必要性が特に高い」14品目を公表しています。
2026年4月には、2021年以降に欧米で承認された薬について、新たに28品目の未着手が確認されました。
薬局のカウンターで「海外にはあるのに」と聞かれたら
薬局のカウンターで「海外にはある薬なのに」と聞かれたとき、私は次の順番で答えます。
- その薬が日本では未承認である事実を伝え、承認は国ごとの審査で決まると説明します
- 海外で承認された事実と、日本人での安全性が確認された意味は別だと伝えます
- 主治医への相談の仕方と、治験や制度の窓口を案内します
薬剤師ができるのは薬を取り寄せることではなく、正しい情報で次の相談につなぐことです。
ドラッグロス解消に向けた国の取り組み
国は2023年ごろから、ドラッグロスの解消を政策の柱に据えています。
未着手の薬を国が整理して企業に開発を促す仕組み、治験のルール見直し、薬価による評価の3つが動き始めました。
国が未着手の薬を整理して開発を要請
国は、学会や患者団体からの要望を待たずに、未着手の薬を自ら洗い出す仕組みに変えました。
厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」は2010年から続く会議です。
要望を受けて、企業に開発を要請してきました。
2024年度からは、国が86品目の情報を整理し、必要性の高い薬を会議に直接かける流れが加わりました。
企業が手を挙げない薬は、開発企業の公募や研究者主導の開発支援で補います。
日本人での第1相試験を原則不要に
治験のルールも見直されました。厚生労働省は2023年12月25日の通知で、海外で開発が先行した薬の扱いを示しました。
国際共同治験に入る前の日本人での第1相試験を、原則として不要としたのです。
第1相試験とは、少人数で安全性を確かめる最初の段階の試験です。
必要な場合は引き続き実施するため、安全性の確認を省く趣旨ではありません。
薬価で早期導入を評価する
2024年度の薬価制度改革では、日本へ早く薬を持ち込んだ企業を薬価で評価する仕組みが入りました。
中医協(中央社会保険医療協議会)が了解した骨子には、「迅速導入加算」が明記されています。
小児用の薬については、成人用と同時に開発計画を立てた場合に加算率を高く評価します。
開発が難しく採算が合いにくい分野に、経済的な後押しをする狙いです。
未承認の薬を知ったとき、ドラッグロスに患者と家族ができること
海外の薬の情報を目にしたとき、患者と家族にもできることがあります。
主治医と薬剤師への相談、治験情報の探し方、患者申出療養という制度の3つです。いずれも公的な仕組みの範囲で使えます。
まず主治医と薬剤師に相談する
最初の一歩は、主治医に「この薬の情報を見た」と伝えることです。
国立がん研究センターのがん情報サービスも、臨床試験を見つけたら「今おかかりの担当医にご相談ください」と案内しています。
相談のときは、薬の一般名(成分名)と、どこで情報を見たかをメモしておくと話が早く進みます。
薬剤師にも、今の薬との関係や制度の窓口を聞けます。
治験を探す(jRCT・がん情報サービス)
日本で行われている治験は、公的なサイトで誰でも検索できます。
厚生労働省の「jRCT(臨床研究等提出・公開システム)」には、治験の目的や参加条件、募集状況が登録されています。
がんの場合は、がん情報サービスの「がんの臨床試験を探す」も使えます。
日本製薬工業協会は患者向けに「治験の探し方~jRCTのみかた~」という手引きを公開しています。
参加には条件があり、希望どおりに入れるとは限りません。
患者申出療養という制度を知る
患者申出療養は、患者の申し出を起点に、未承認の薬などを保険診療と併用して受けられる制度です。
2016年4月に始まりました。患者が身近な医療機関に相談し、臨床研究中核病院を通じて国に申し出ます。
国の審査は原則6週間以内で、前例がある場合は臨床研究中核病院が原則2週間で審査します。
未承認薬の費用は自己負担ですが、診察や入院など通常の部分には保険が使えます。
厚生労働省は、根拠が十分でない医療を無制限に認める制度ではないと説明しています。
ドラッグロスに関するよくある質問
ドラッグロスについて、疑問に思われやすい点を4つ選びました。
時期の見通し・海外承認の意味・他国との比較・子どもの薬に多い理由の4つです。
Q. ドラッグロスの薬は、日本でいつ使えるようになりますか?
時期は薬ごとに異なり、一律の目安はありません。
国が企業に開発を要請した薬では、411品目のうち88.3%が承認済みになっています。
日本製薬工業協会が2024年7月時点でまとめた数字です。
気になる薬があれば、主治医を通じて開発状況を確認するのが確実です。
Q. 海外で承認された薬は、日本人にもそのまま使えるのでしょうか?
承認は国ごとの審査で決まるため、海外の承認がそのまま日本で通用するわけではありません。
体格や体質、医療の仕組みが違うため、日本人でのデータをどう扱うかが審査の論点になります。
海外で承認された事実は「その国の審査を通った」という意味で、日本での安全性の確認とは別の話です。
Q. ドラッグロスは日本だけの問題なのでしょうか?
程度の差はあれ、欧州でも起きています。
ただ、2023年3月時点の未承認薬は米国7品目、欧州57品目に対して日本は143品目でした。日本が際立って多い状況です。
市場の大きさや治験のしやすさが、各国の差になっています。
Q. 子どもの薬でドラッグロスが多いのはなぜですか?
子どもの薬は、患者数が少なく治験の実施が難しいうえ、開発後の市場も小さいためです。
厚生労働省の資料は、小児用医薬品の開発が「進みにくい」と指摘しています。
日本でも、成人用の開発時に小児用の計画を任意で立ててPMDAの確認を受ける仕組みが始まりました。
ドラッグロスを知って、主治医と次の一手を相談しよう
ドラッグロスは、海外で承認された薬が日本では開発すらされない状態です。
2023年3月時点で未承認薬143品目のうち86品目が未着手で、ベンチャー発・希少疾病・小児の薬に偏っています。
国は未着手の薬の整理と開発要請、治験ルールの見直し、薬価での評価を進めています。
患者と家族にできるのは、主治医と薬剤師への相談・治験情報の確認・患者申出療養を知ることです。
気になる薬の名前をメモして、次の診察で相談してみてください。

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